画家と語る7

412

 絵は記号が多いほど、解りやすいほど良い。1999年から2000年頃にやった大きな葉のシリーズなんかでも「葉」が主役だから他に使える記号は葉脈ぐらいだったけど、今、垂直の人物をやっていて、頭、手、おっぱい、へそ等々記号がいっぱい使える。この記号で人体と分かる。10年ぐらいして並べて展覧会したらずいぶん面白いだろうね。この前記号としての葉だけを見た人も、同じ記号で人体が並んでいると、ああこういうことかと分かるんだろうね。

      413

 バグダッド―千夜一夜物語―テレビで見ている限り、壊されてしまったどの建物もイスラムの美しいカーブを持つ。特にイラク国内に9つあるという宮殿は王が去った後、がらんとしているが床、天井、壁等々どれも美しい。そこへ砂漠の迷彩服のアメリカ兵が銃を構えて入っていく。3000年も前の盗賊のように。開戦から3週間でバグダッドが陥落したとニュースが伝える。フセインの消息はまだ全く分からないという。本当だろうか。ここインドネシアではテレビでアル アラビアというアラブ系のどこかの国のアメリカ、イラク戦争の特別番組を同時通訳で放送している。市民が「アメリカGO HOME」とデモをしている。そんな中、病院関係者に抱きかかえられて2人の子供が病院に運び込まれる。顔色が悪い。診察をするその手があきらめて両の眼を閉じる。ついて来た両親が突然大声で泣きわめく。これが現代だろうか、この家族の悲劇をアメリカ人が知ることがあるのだろうか。自国で闘ったことのない国アメリカ。ニュースではもうこの時点でイラクの戦後復興の話。主導権をアメリカが握るか、国連が握るか。―もう、金の話。人の心、精神というものが「金」に優先される時代になった。

 画家、80号の絵、画面がほとんど暗い青で支配されていたのだが、昨夕、手を真っ赤にして言うのに、「火」を描きたいのね。見に行くと、ワンワンと赤が塗り重ねられていた。3部作、左の大地の部分にバーントシェンナや透明のオレンジを塗り重ねる。「後は青、このパートはグシグシ塗って、真ん中はペタッと平らにして、右はザッザッと線でやる。あとはエッジが大事、これで全体が決まる」。

 画家いわく「色の秘密が分かった」。色をたくさん使ってそうは見せない。あるいは少ない色でたくさんの色が見える。前者がマティスで後者がピカソ。「浮気をしないと解らない、いろいろやって分かる」。

 D.H.カーンワイラーの「キュビズムへの道」を開く。キュビズムの絵には具体的な題名を付ける必要があった。「壜とコップ」「トランプとサイコロ」。H.G.ルイスの言う「予覚」という状態が生まれ、題名と関係のあるイメージが見る側に極めて容易にその絵の魅力と溶け合うことになる。

     414

 CDでジャズを聴きながら―いよいよ最終段階に入ったようだ。太い筆、うすく溶いた絵具で全体のトーンを整えて行く。左の大きな黄色に白をかけたら茶色の大地の部分がすっと軽くなる。今日はそういう仕上げの仕事。最後は気楽にやる。後は全体の調子が整えば良い。

 早朝5時に起きてテレビでマスターズゴルフの最終日を見て、7時半には仕事を始めていた。もう4時間ずっとこの仕事をやっている。もう、気が軽くなっている。「銀行がこれを買わなかったら一生の損だね。これを飾るくらい格調の高い銀行なら良いね。前の店舗も壁画や絵を飾っていたし、元は中村地平さんの銀行だしね。

     415

 抑制―21世紀は欲望の抑制の世紀だと思っていたけど、違ったね。ロックミュージックね、欲望と発散。こんなアメリカはもう終わったと思っていたけど、、、、人は考えるということをしなくなったね。ヒューマニズムは金に勝てない。人間の理性より暴力の方が強いわけだ。強いということは金を持っているという事。すべてに優先するのは今は金だもの。人はその金を手に入れるためにいろんな汚い手を使うんだよ。一般市民社会においても、えらいのは金持ちだもんね。その金をどうやって手に入れたかは別にして。

 コバルトバイオレットは難しい。経験がないとダメね、塗ってる時は見えなくて、後で乾くと見えて来る。

 

 前衛というのは――文化を保守的に頑固に守る人がいて、それに強く反発する事が前衛の力になり得るのね。「ピカソは19世紀を引きずっている」として「デモクラート」の頃。皆がレジェを高く評価していたわけだけど、古い時代というものを否定したい気分があったのね。瑛九なんかでも、画面をペラッと塗る。東野芳明がそれを否定する文章を書く、それに対して今度は加藤さんあたりが「分かっていない」と抗議する。そんな時代だったね。今、僕は前衛を否定する。後衛をやっている。これから先の芸術というものは中世に戻るんじゃないかという気がするね。宗教というか信仰というか、そういう深い時代になると思う。21世紀がそういう時代になるんじゃないかと思っていたけど、全く裏切られたね。後衛というのは、確か、ブラックが言った言葉だけど、今自分は後衛をやっている。以前はレジェをもっと評価していたけど、南フランスでレジェ、ピカソやマティスをたくさん見て、レジェは少し落ちるね。ピカソやマティスは闘っているよ。一枚の画面の上で。例えばマティスの「ランズベール嬢」ね、注文でああは描けないぜ。受け取らないよあれでは。あえて後衛というのはそういう事。

 資金が出来たら、会社を作りたいね。会社組織の画廊にすれば、誰でも好きな時に見に行ける。